不穏症状がみられる高齢の受け持ち患者さんをアセスメントし、適切なケアにつなげた結果、症状の軽減が目指せた事例です。患者さんの疾患そのものだけでなく、人となりや家族背景もアセスメントの対象であり、包括的なケアが大切なのだと学べました。
循環器内科病棟と神経内科の混合病棟で勤務していた際、脳血管疾患で入院した男性患者さんには日中不穏がみられていました。
不穏症状は高齢者に現れやすく、入院による環境の変化がトリガーとなることが多いとされています。
また、以前の入院で不穏症状があらわれていた方の場合、次の入院でも同様に不穏症状がみられやすいようです。
男性患者さんに不穏の既往はありませんでしたが、急性期治療を終え、意識を回復されてから、激しい不穏があらわれました。
左上下肢に麻痺が残っているほか、視界狭窄も起きているにも関わらず、一日中大声で叫んだり、いきなり立ち上がろうとされてしまうのです。
ベッドで過ごしてもらおうにも柵を乗り越えようとする上、病棟の端まで響くような大声で叫ぶので、同室の患者さんにも迷惑がかかってしまいます。
そこで、不穏が生じやすいタイミングや時間帯などをアセスメントし、安全に過ごせる病室環境の調整に勤めました。
まずはナースステーションから一番近い病室に入床してもらい、念のため離床センサーを設置しました。
もしも、ベッドで過ごしている際に、危険な行動をとってしまっても、迅速に対応できるようにするためです。
また、ご本人の安全に配慮するため、仕方なく車椅子に移乗してもらい、立ち上がりを防ぐための拘束具も使用しなければなりませんでした。
しかし、車椅子をガタガタ揺らすので度々転落しかけてしまい、ナースステーションのカウンターがテーブルになるような形で車いすを設置し、前側に転落しないようにしました。
患者さんは受け持ち看護師の私を医療従事者であると認識していたようで、私の顔を見ると「先生、助けてください!助けてください!」と何度も叫んでいました。
幸いなことに、急性期病院で患者さんの入退院が激しいためか、他の患者さんからのクレームはありませんでした。
おそらく患者さんは、身体拘束されていることに対する不安を訴えていたのだと思います。
本来、身体拘束は不穏を悪化するおそれがあるため、望ましい対処法とは言えません。
しかし、あまりにも暴れてしまい、転倒・転落のリスクが極めて高い状態でした。
先輩看護師からも「この病棟で一番転倒・転落のリスクが高い患者さんだから、対応にはきをつけて」という助言もありました。
本来であれば、気持ちが落ち着くようにそばで寄り添ってあげたいと思いました。
しかし、他の受け持ち患者さんへの対応もあり、付きっきりで様子を見てあげられないのが苦しいところでした。
気持ちを落ち着けるために、精神科で薬を処方されていたのですが、不穏はいっこうに収まる気配がありませんでした。
傾眠傾向になることもなく、「爆発的なエネルギーはどこから生まれてくるの?」と驚くばかりでした。
かなり大柄でがっしりとした体格だったので、元々身体が丈夫でエネルギッシュな方だったのかもしれません。
また、あまりにも変わりすぎてしまった姿にショックを受けたのか、見舞いの家族は誰一人訪れませんでした。
患者さんは私を孫と間違える様子も多々見受けられました。
排せつや食事、清潔ケアなどを担当する私が、孫と重なって見えたのでしょう。
孫と私を間違える日は不穏症状が比較的落ち着いており、そうかと思えば翌日には私に向かって「先生!先生!助けてください!」と大声で叫んでいました。
そのため、環境の変化だけでなく、家族と離れて暮らしていることも不穏の悪化につながっているのではないかとアセスメントしました。
そこで、患者さんがリハビリを受けている際に顔を出すようにしたり、手が空いたタイミングでナースステーションにいる患者さんに声をかけるようにしたところ、次第に患者さんに笑顔がみられるようになりました。
他の看護師と情報共有したお陰で、受け持ちではない看護師も共通した対応を取ってもらえたのも良かったと感じています。
不穏による危険行動の頻度もだいぶ少なくなりました。
不安感を軽減したことで、不穏症状が自然とやわらいでいったのでしょう。
脳血管疾患そのものの急性期治療は済んでいたため、長期間入院できる療養型の病院への入院や、介護施設への入居が視野に入りました。
しかし、残念ながら、日によって不穏症状が強くあらわれることもあり、転院先や介護施設探しは難航しているようでした。
面会に訪れない家族も、「家に帰ってきても見きれない」とのことでしたが、転院先や介護施設を探すのに協力的な様子はみられません。
家族からの要望もなく、ただ時間が過ぎていきました。
もしかしたら、元々家族仲が希薄な家庭だったのかもしれません。
不穏症状が解消されない原因について、昼夜逆転や便秘などさまざまなアセスメントをしたものの、なかなか原因特定には至りませんでした。
そんなある日、患者さんの尿取りパッドに付着している尿がオレンジ色であることに気が付きました。
うっすらと血が混じっているようにも見え、血尿が疑われました。
医師に報告し、検査を進めたところ、患者さんに初期の膀胱がんがあることが分かりました。
初期の膀胱がんは血尿だけでなく、排尿時痛があらわれることも多いとされています。
もしかしたらこれまでに不穏を生じさせていた要因は、膀胱がんによる不快症状だったのかもしれません。
検査の結果を待っている間に、オレンジ色だった尿は赤みを増していき、時にはコアグラが混じるようになりました。
時には、鮮血のような血尿が出ることもあり、思わずぎょっとさせられました。
がんが進行していく様子を見せつけられたような気がして、看護している私の方がヒヤヒヤしました。
検査結果によると、抗がん剤や放射線による治療ではなく、経尿道的切除術での適応が可能となりました。
循環器内科・神経内科の混合病棟では、膀胱がんの治療に対応できないため、患者さんは泌尿器科病棟へ転科・転棟していきました。
最後の見送りに立ち会った私に対して、孫の名前で呼びかけながら「明日もまた会いに来てくれるか?」と淋しそうにされていました。
泌尿器科病棟に勤める同期看護師によると、膀胱がんの治療を終えた後、不穏症状はかなり落ち着いたことを教えてくれました。
同期看護師は孫に間違われることもなく、「先生」と呼ばれることもなかったようです。
また、転院先の療養病院も見つかり、心身の容体が落ち着いた後に無事転院していったそうです。
おそらく、私が患者さんを受け持ったタイミングは、患者さんにとって、一番SOSのシグナルを発していた時期だったのでしょう。
今回の患者さんの事例をつうじて、どうして不穏症状につながっているのか、アセスメントすることで症状が和らぐ場合があるのだと学ぶことができました。
また、不穏の症状のあらわれ方は、一人一人異なり、全く同じではありません。
そのため、どのような不穏症状があらわれているのか、必要なケアや対応は何か、適切に見極める必要があります。
また、患者さんの症状そのものだけでなく、人柄や家族背景も大切な観察項目です。
患者さんを一人の人間として捉え、包括的なケアを心がけることが大切なのだと感じました。
まとめ
アセスメントは、看護師の主観や患者さんの客観的な情報に基づいて行う必要があります。しかし、事務的に行うアセスメントは、患者さんのその人らしさに寄り添うことができません。特にコミュニケーションが難しい患者さんの場合、非言語的なコミュニケーションから、抱えている思いや悩み、苦痛などにも耳を傾けることが重要です。
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