施設や病院において食事介助は欠かせない日常生活援助の一つです。その中で「どうして口を開けてくれないの」「そもそもこの人は食べても大丈夫かな」など、不安になる場面はスタッフ経験のある方なら一度はあるのではないでしょうか。今回は療養病棟において食事拒否を改善した方法や安全安楽の面で食事自体中止とした事例を紹介しながら、経口摂取についてアセスメントしていきます。
事例紹介
Aさんの事例
・プロフィール
90代女性
既往歴は心不全、左膝関節変形症、認知症 入所時から両下腿に浮腫あり
ADL全介助 全介助で車いす離床できる
言語コミュニケーションはできないがいつもにこにこしており、周りの方々からも人気があった
食事になると頑なに口を閉ざす
入所されたときから、ときどき微熱がありました。しかし高熱になることはなかったため、主治医に特別報告することもないままシリンジ介助で無理やり食べさせている状態でした。シリンジで無理やり口の中に注入するシリンジ介助についてはもちろん家族に許可はとっていましたが抵抗が激しくなかなか食べられない日もありました。加えて尿量の低下もあり、車いす離床もいやがるようになりました。
・行ったアセスメントと援助、その結果
時々の微熱があり、食事、水分が十分に経口摂取できない状態、心不全の既往により利尿剤を内服しているにもかかわらず尿量の低下があったがあったため脱水を疑いました。それによる倦怠感で離床拒否、食事拒否があったのかもしれません。
そう考えた私たちは医師に脱水の疑いを報告したところ血液検査の指示が出ました。結果は脱水で利尿剤の中止と補液の指示がありました。1週間ほどで脱水は改善し、その後は拒否なく食事できるようになりました。施設から食事摂取ができるようになったら転院可と言われていたためAさんはほどなく特別養護老人ホームへ行かれました。
・この事例のまとめ
この方はもともと来られたときから脱水気味だったのかもしれないし、環境が変わったために食事という行為が分からず拒否していたのかは分かりません。ただ、開口拒否する人に対して「認知症だから仕方ない」としてしまうスタッフも多くいます。しかし認知症はその人の疾患の一部にすぎません。
また、心不全で浮腫がある方に対しての水分摂取量の管理はとても難しいです。この方はのどが乾いたと自分で訴えることができません。食事や水分摂取の記録はカルテに記入するためのものでなくアセスメントの材料です。
その方の疾患、身体状態、機嫌などトータルでみて一般状態の観察なのです。
Bさんの事例
・プロフィール
90代男性
既往歴は繰り返す尿路感染、誤嚥性肺炎 認知症
歩行器歩行できていたころから関わっていたが、そのときはADL全介助で寝たきりの状態 コミュニケーションは視線があう程度
もともと食べることが大好きで甘いものが好きだった
家族にできる限り口から食べさせてくださいと強く希望があった
繰り返す尿路感染と誤嚥性肺炎によりADLの低下と認知症の進行が著しく、食事がむせることも増えていました。
介護スタッフの間では食事介助するのが怖いという意見もありました
・行ったアセスメントと援助、その結果
むせることが増えたということは、認知症の進行により嚥下障害も進行しているのではないかと考え、言語聴覚士、栄養士とこまめに連携し適した食形態、介助方法を統一しました。はじめは30度のギャッジアップでとろみつきのミキサー食をスプーンで介助していましたが、最後は完全側臥位でゼリーのみをシリンジで介助していました。嚥下障害により誤嚥リスクは高まります。そのため食事前後の口腔ケア、必要時の吸引が大切です。介護スタッフではいざというとき吸引ができないため介助は看護師に徹底しました。本人の嗜好をふまえ、食事介助の続行が不可能になっても少しでも好きなものが食べれるよう甘いゼリーから介助しました。このような援助でなんとか食べてもらっていましたが、本格的に嚥下能力が低下し、窒息リスクのほうが高くなってきました。言語聴覚士と看護師で主治医に相談しこれ以上の経口摂取が困難であることを家族にICしてもらいました。その後家族は納得され、補液で看取り方向となり自施設で旅立たれました。
・この事例のまとめ
窒息など命に直結する援助である、食事介助が怖いという気持ちは誰でもあると思います。私も実際怖かったです。しかし、食事の摂取によって起こるリスクと専門的に不可能なラインにきたら本人のためにも中止させていただくことを本人、家族に十分理解していただいた上で、行うことができれば、本人家族の希望に近づけることができるのではないでしょうか。また、正しい手技で食事介助、口腔ケア、吸引などができればリスクの軽減にもつながります。どんな援助もですが自信をもって手技を行うためには学習していく姿勢が必要です。また、こまめに状況を伝え、希望を叶えるために努力している私たちの姿は本人、家族との信頼をもたらします。信頼があり、事前に説明があれば恐れていたことが起こってしまっても「精一杯みてもらえた」と思ってもらえるはずです。そのためには多職種との連携が必須です。特に医師からの事前説明があるかないかで今後の家族との関係が大きく変わります。忙しいからとICが後回しになってしまう医師もいますので、看護師が本人、家族がどこまで理解しているのか把握しておくことも必要です。
・口から食べられなくなるということ
Bさんのような事例は細かいことは違えど、たくさんありました。最後まで経口摂取を望む家族は非常に多いです。しかし疾患や障害で本当に食べられなくなったらどうするかを本人、家族に決めてもらわなければなりません。マーゲンチューブや胃ろうを用いて経管栄養を行うのか、経管栄養ですら誤嚥性肺炎を繰り返してしまうなら気管切開を行う選択も提案されるかもしれません。そもそも経管栄養は望まないと言われる家族もおられますが、その場合点滴は高カロリー輸液するのか、末梢のみでいいのか、ルート確保が難しくなったら皮下点滴をするのか等々家族が決断しなければならないことがたくさんあります。一般的にこれらを全部まとめて聞く医療従事者はいないと思います。それは今の患者さん、家族の状態をアセスメントしているからです。
口から食べれなくなるということは死に向き合わなければならないということです。人は死に向き合うことに不慣れです。自分の大事な人に死が近づいている、そのとき自分にできることはなんだろうと考えますがほとんどの方が素人ですので自分の答えに自信がありません。だから医療者側が本人さんの今の状況をアセスメントし、最も早く決めてほしいことを伝え家族の選択を援助します。死に向き合うという不慣れな状況でたくさんの質問には答えれないからです。一つでもパニックになる人もいます。先生の前ではこう言ってしまったが、本当はこう思っている等医師という立場の方に自分の意見を言えない方もいます。ですから私たち看護師は患者本人だけでなく、家族とも向き合い、観察してアセスメントをする必要があるのです。
決めた意見が変わることもたくさんあります。家族からみて本人の状態がよくみえれば「もう少しがんばってほしい」と延命の方向で選択、悪くなったようにみえれば「これ以上苦しませたくない」と看取りの方向に選択する方が多い印象です。ここでのポイントは家族からみてということです。医療者との相違があれば客観的な意見を伝えて正しく状況を把握してもらわなければなりません。それがよりよい選択につながると思います。
まとめ
以上のことをまとめると、アセスメントはその人の目につきやすい部分だけでなくトータルで観察した上で行う必要があります。また、その情報、アセスメントは多職種で共有し活用することで本人、家族の希望に近づくことができます。
口から食べれなくなるということは死と向き合わなければならないことです。患者の状態だけでなく、向き合う家族ともコミュニケーションをとり、アセスメントし、よりよい選択ができるよう支援する必要があります。
食べるという人間の基本的な行為が様々な疾患や障害、老衰により損なわれていきます。その過程でできることをアセスメントし多職種、家族で協力することが大切なのではないでしょうか。
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