抗癌剤治療には、必ず副作用が伴います。その中でも嘔気は薬剤を使用してもコントロールが難しく、患者さんの体力だけでなく気力も奪います。しかし、嘔気は改善できない副作用ではありません。多方面からアセスメントし、看護的な介入によって軽減することができます。この記事では、嘔気症状が強かった患者に対する事例を振り返り、どのようなアセスメントが必要であるのかをまとめたいと思います。
私が実際に外来抗がん剤治療で関わったAさんは、AC療法の1クール目から嘔気症状が強く、初回治療時には、1週間ほど飲食がろくにできない状態で、脱水改善のための点滴治療を入院中に実施していました。
外来治療となる2クール目以降、外来治療でAさんを担当することになった際に私は「嘔気がひどいので、ほかに使用できる吐き気止めは何かないか」と考えたのです。しかし、治療前日から使用する制吐剤・当日に使用できる制吐剤・翌日から使用する制吐剤と、使用できる薬剤は全て使用されている状態でした。これほど症状がひどいので、私はなんとか症状を改善したいと思いつつ、抗がん剤治療をしているベッドサイドでAさんに嘔気症状について、制吐剤を使用してもあまり効果がないため、不安はないか聞き取りを行いました。Aさんはやや諦めたような顔をして、「抗がん剤治療に吐き気は付き物でしょう。仕方ないですよね。吐き気止めも効かないし。癌を治すためなら我慢しないと。食べたり飲めたりできなくても、1週間もすればもとに戻るので構いません。あきらめて過ごします。」と私に話しました。
関わる時間が限られている外来治療の中で、私はAさんの嘔気症状をなんとか軽減したいと思いつつ、「嘔気に対しては制吐剤を使用し、症状を軽減する」という視野の狭いアセスメントしかできませんでした。
3クール目、4クール目と外来治療に訪れるたびに、以前として嘔気症状が改善しないまま、苦痛な時間を過ごしているAさんと関わり、解決のできないモヤモヤとした感情のまま、結局はAさんの外来治療が終了してしまったのです。このままでは、外来治療をする患者さんを支える看護師として、不甲斐ないと思い改善のために、自分の部署で看護スタッフを募り、カンファレンスを行いました。その際に整理した嘔気症状に対するアセスメントと、症状改善のための介入のポイントについてまとめたいと思います。
まず、その①「食事摂取の状況と食事内容の工夫についてのアセスメント」です。
患者さんの食事や飲水に関する情報収集を行い、アセスメントを行います。抗癌剤の副作用には、味覚障害があります。味覚障害の症状は嘔気をさらに悪化させている可能性があるのです。実際にAさんが実施していたAC療法は、味覚障害の出現頻度が高かったのです。味覚障害がある場合には、対策として、口当たりのよいものや、あっさりした味つけもの、出汁の効いた味付けの食事を摂取することで、口腔内の不快感を軽減することができると言われています。また、少しでも口腔内の爽快感を得るためにレモン水を使用したり、口腔内を清潔に保つことも効果的です。また、妊娠時のつわり症状のように、空腹が更に嘔気を悪化させている場合もあるので、食べられるものを少量ずつ無理のない範囲で摂取するという指導も効果的な場合があります。
その②「排便状況と排便コントロールについてのアセスメント」です。
AC療法のように、嘔気の副作用出現リスクが高い抗がん剤治療には、強い効果の制吐剤が併用されます。制吐剤の使用によって消化管活動が緩慢となり、結果的に便秘症状を引き起こします。また、嘔気症状による水分・食事量の減少はさらに便秘症状を悪化させます。便秘になると、腹部膨満感が増し消化管への不快感が増します。その結果、更に嘔気症状を悪化させてしまうのです。そのようなリスクを軽減するために、排便状況のアセスメントが非常に重要となります。患者さんに、便秘の症状がある場合は、必ず症状改善のための介入が必要です。腹部膨満感や腹痛はないか、排ガスはあるか、情報収集を行います。そして治療前の排便パターンを把握し、なるべくその状態に近づけるよう、下剤の使用状況や水分摂取状況を確認します。必要時には、医師に緩下剤の処方について相談が必要です。既に下剤の処方がある場合には、下剤の効果的な使用方法について指導を行うとよいでしょう。
その③「生活背景についてのアセスメント」です。
患者さんには、十人十色その人によって生活背景が異なります。入院中であれば、嘔気症状が辛くても、ベッドで横になってゆっくりと休養できますね。しかし外来治療だとどうでしょうか。特に今回のように女性の患者さんだと、普段は家の中で家事に育児に、忙しい患者さんが多いです。症状が辛いときに自宅で家事や育児を代わってくれる人は家族はいるでしょうか。辛いときに横になって身体を休めることができるでしょうか。実際にこのAさんは、夫と義理の父と同居環境にあり、家事全般と義理の父の介護は、Aさんが担当している状況でした。もしかすると、嘔気が辛いときも、Aさんは無理をして家事に介護に忙しかったのかもしれません。夫は副作用症状に理解があったのか、症状が辛いときには、家事や介護を交代してもらえるよう、あらかじめ調整しておくなどの介入ができると、治療環境が少しでも改善し、苦痛が軽減できたかもしれません。また、仕事をしている働き盛りの患者さんだとどうでしょうか。副作用が強い期間はお休みをもらうことができるのか、周りや家族のサポートは万全であるのか、確認する必要がありますね。副作用が辛いときには、なるべく患者さんが休養できる環境を整えられるよう、周囲への説明や理解を得ることは非常に大切です。そのために患者さんの生活背景を確認し、必要であれば環境改善のための助言を行うことはとても大切なのです。
その④「心理的アセスメントとケア」についてです。
初回の治療で嘔気を感じた患者さんは、その症状体験から予測性嘔吐が引き起こされることが多いです。予期性嘔吐とは、初回治療の際に悪心、嘔気、嘔吐がひどい場合にその記憶が強く残ってしまうことで、抗癌剤を投与する前から嘔気や、ひどい時には嘔吐をきたしてしまう状態のことを言います。治療前にそのような不安はないのか、しっかりとアセスメントすることはとても大切です。看護の基本になりますが、患者の訴えを十分に傾聴し、思いを表出させたうえで少しでも安心できるような声掛けや関わりが重要となります。また、予期性嘔吐に使用される制吐剤もあります。下剤の処方と同様に、そのような症状がみられる場合には医師に相談が必要です。また、嘔気が辛いときに気分転換ができる方法は何かあるか、またどのように過ごすことで症状が緩和するのか、患者と共に考え導くことも看護師の重要な役割といえます。
このようにAさんの事例を通して振り返ると、嘔気症状改善に対する介入は、決して薬剤使用のみが症状改善に効果があるわけではないことがわかります。嘔気が発生するメカニズムは非常に複雑で、さまざまな要因が関係しているのです。その要因をひとつずつ整理して、このように多方面からアセスメントし、必要な患者指導や、セルフケア支援を行うことが症状改善に繋がります。
私はこの事例を通して、自分のアセスメントに対する視野の狭さを反省しました。いくら経験や知識を積んでも、この事例を振り返っても解るように、本当に大切なのは解剖生理も含めた基本的なアセスメントです。日々の業務に追われる中で、忘れていた基本を振り返るいい機会になりました。
もしこのような事例に遭遇した際には、読んでくださった皆さんが「基本にもどって多方面の視点からアセスメントをする」と少しでもこの記事を思い出して、患者さんの症状改善に対する助太刀ができると嬉しく思います。
まとめ
今回の記事では、なかなか改善が難しい抗癌剤の副作用「嘔気」について、薬剤使用だけでなく看護的な様々な視点からアセスメント・介入を行うことで、症状改善に対するアプローチを行う必要性と、そのためには基本を振り返ることが大切であることをお伝えさせていただきました。もし、このような事例に皆さまが遭遇した際には、この記事の内容を思い出して、患者さんの症状を改善できるよう役に立てると嬉しく思います。
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