私たち人間は、他の人に対してイメージ・先入観を持つことがありますが、それは看護師が患者さんを看る上で邪魔になることもあります。アセスメントをする上で大事なことは、先入観を持たずに患者さんと関わりまずしっかり情報収集をすることだということを、私が経験した事例を通して紹介します。
高齢化社会により、急性期病院でも認知症を持った高齢の患者さんを看る機会が増えているのではないでしょうか。
その中でも特に徘徊していなくなったり転倒したり、点滴を抜いてしまったりといった危険があるとアセスメントされた場合は、患者さんが安全に治療を受け入院生活を送れるように抑制をするということもあります。
ふらふらと今にも転びそうな足取りで歩く患者さんのセンサーマットが鳴れば一目散にその患者さんのもとへ行き、転倒しないよう見守ります。どうにかこうにかミトンを外したり、噛みちぎろうとしたりして点滴を抜こうとする患者さんは自己抜去しないよう注意して頻回に訪室します。急性期病院では、点滴交換や手術前後の準備や、検査出し、重症患者の観察に退院指導。記録もしてサマリーも書いて、カンファレンにも参加して・・・。気づけばもうインスリン注射の時間。こんな風にバタバタと多重課題に追われながら認知症患者さんの対応もしなければなりません。そんな中、抑制するほど危険ではないけどナースコールを頻繁に鳴らしたり柵をガタガタさせたり大声を出したりする患者さんもいます。訪室してみると何を話すでもなく、看護師が去るとまた音を鳴らして存在をアピールしてくる。病棟内では「かまって欲しがりのちょっと厄介な人」というポジションの彼らは、真剣に訴えに耳を傾けてくれる人も少なく、今日もまた一人何かを私たちに訴え続けているかもしれません。
私が急性期病院で経験した、認知症だと思われていた患者さんの叫びの本当の意味を知り必要な治療に繋げられた事例をもとに、アセスメントをする上で私が大切にしていることを紹介します。
80代女性のAさんは、肺炎で入院治療中の患者さんです。その方の病室は病棟の奥の方の個室でしたが、昼夜問わずナースステーションまで聞こえてくるほどの大声で「くるしー。くるしー。たすけてー。たすけてー。いたいよー。こわいよー。」などと常に叫んでいます。酸素投与にて、SpO2は95%以上保たれるように治療がなされています。ADLはほぼ全介助ですが、リハビリや食事時は車椅子に座って行います。また、拒薬という問題もありました。どう説明してもお願いしても、内服薬を口に入れるとスイカの種のごとく吐き出してしまいます。その他には立ち上がろうとしたりするなどの不穏な行動は見られませんが、ナースコールを頻回に鳴らし、訪室しても叫ぶのみのAさん。最初は皆気にかけていたものの、多忙な業務の中でAさん一人だけにつきっきりになるわけにはいかず、ナースステーションに連れてこられて一人車椅子に座って叫んでいる姿をよく見るようになりました。「この方認知症あるから何言ってもだめだよ」と言っているスタッフもいました。
私がAさんの担当になった日も、いつものように「くるしー。たすけてー。こわいー。」などと叫んでいます。私はしっかり酸素が投与されていること、酸素化の値は良好であることを確認し、「どんな風に苦しいんですか?どうして助けてほしいんですか?どこがこわいんですか?」と問いました(地方の方言で、怠い・体が重いという意味でこわいを使う高齢者の方が多くいます)。返答はありません。バイタルサイン測定を行い状態の観察のためにもいろいろと質問してみましたが、初めて担当したその日はずっと目を閉じて私の質問に答えてくれることはありませんでした。何日か経ったとき、二人暮らしをしているAさんの旦那さんが来棟されました。当時コロナ禍の影響で、基本的に面会は禁止となっていたため二人を合わせることはできませんでした。旦那さんに入院中のAさんの様子を伝えると驚いて、「家ではまったく騒がないし普通だよ」とおっしゃいました。その後夜勤で受け持つと、日中と同様に叫んでおり静かな病棟内にAさんの叫び声が響き渡っています。「こわいよー。こわいよー。くるしー。くるしー。」と叫んでいるAさんの手を握り、声をかけました。何が怖いのか尋ねるとAさんは「おばけ。でっかいこわいのに食われる。」と答えました。眠れそうもないというので眠剤の内服を提案すると希望され、Aさんは拒否することなく眠剤を内服しました。そして私はAさんが眠るまで一緒にいるから安心して眠って良いこと、叫んでいると余計に苦しくなるから叫ぶのを止めてみるよう伝えました。すると「お姉さんの手あったかい。」「ずっとここにいて、いなくならないでね。」と言います。私はAさんの手を握ったまましばらくそばにいました。Aさんは叫ぶのを止め、そのまま眠りにつきました。
認知症やせん妄状態などで、ありもしないものが見える・聞こえるという訴え自体は珍しくありません。しかし今までコミュニケーションが取れなかったAさんはこの夜、普通に私と会話ができました。旦那さんの発言もあり、私はAさんの反応から、認知症で看護師の言うことが理解できないわけではなく、せん妄など他の原因により幻視の症状が出ている状態だとアセスメントしました。その後もAさんの担当になった時には、何度も何度も声をかけ、Aさんが今何を見ているのか、どう感じているのか、それを知ろうとすることに専念しました。すると、私のことを覚えてくれたのか質問にも答えるようになってくれました。薬を拒否していたのは、飲んでいても意味がないと思っていたからだと話してくれました。そして日中でも「おばけがこわい」ことで叫んでいることがあるということがわかりました。どんなおばけか聞くと「牛のおばけ。生まれたときから可愛がってきたのにひどい。」と言います。そこからよくよく話を聞くと、Aさんは若い頃から仕事で動物に関わってきたことや、現在どんな風に生活しているか、趣味や好きなことなど、いろいろ話してくれました。みんな「認知症の困った患者」扱いしていたAさんは、見えるはずのないのに見えてしまうこわいものに恐怖し、助けを求めていただけなのです。
その後、Aさんは精神科へ紹介され、薬剤性せん妄の疑いとして治療が開始されました。すると徐々に大声を出すことは少なくなりました。表情も明るくなり、スタッフと会話をすることもできるようになってきました。
患者さんの入れ替わりの激しい急性期病院では、新規入院患者さんや重症患者さんの対応に時間を割かれ、じっくりと一人一人の患者さんのカルテを見て情報収集をしてしっかり関わりアセスメントして・・・ということがなかなか難しい現状があります。そこで前の受け持ち者からの申し送り通りの対応を続けながらどんどん引き継がれ、大事なことを見落としてしまうことがある、ということを実感した事例でした。私は、初めて担当する患者さんには、すでにいろいろな人に話したかもしれないことでもしっかり本人と話しながら情報を得るということを心がけています。そこから、入院時は気が動転していて忘れていたけどそういえばこんなこともあった、と思い出すことがあったり、それってどういうことか、と具体的に深く話を掘り進めることで新たな問題が見えてきたりすることもあります。それは認知症の患者さんも一緒です。認知症だからわからないから話しても・聞いても意味がないと思ってしまってはそこから先には進めません。もちろんチーム内での情報共有は大切ですが、それだけで患者さんを知った気になってしまうと患者さんの訴えに気づくこともできません。アセスメントをするためには、まず「この人(患者さん)は今どんな問題を抱えていて、本人はそれをどう受け止めていて、今後どうしようと思っているのか」を知ることから始まります。
まとめ
私たち看護師は、今までの経験から年齢・性別・疾患などの断面的な情報を聞くと、その患者さんがどんな人なのかイメージをすることがあります。もちろんそれ自体は、経験を積んだからこそなせる大事な業です。例えば入院前であれば、そのイメージからあらかじめソフトナースを敷いておこう、血管確保が難しそうだから留置針はいっぱい持っていこう、など受け入れ準備をするのに役立ちます。しかし実際に患者さんを目の前に関わるときには高齢だから、認知症だから、などといった先入観はその人のことを知ることを邪魔してしまうこともあるのです。患者さんに良い看護をするためには、何が問題で何を必要としているのかアセスメントする必要があります。そのためにはまず、その人のことをよく知ることが大切です。患者さんを枠に当てはめず、色眼鏡を外してよく見てみてください。それが結果的に看護師の手を煩わせる原因が減ることにも繋がるかもしれません。
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