介護士になった私の最初の勤務先は、認知症の方の為の施設「グループホーム」でした。しかし、私の介護知識は初任者研修程度で、実務経験に至ってはゼロの新卒。右も左も分からず、特に「帰宅願望」の強い方への対応や、一日中施設内を歩き回っている「徘徊」の多い方への対応に苦労していました。今回は私が実際に働いてきた中で学んだ、帰宅願望・徘徊の症状が強い利用者様への対応についてお伝えします。
「何故『帰宅願望』『徘徊』といった症状がでるのか?」
認知症は「記憶機能や認知機能が日常に支障が出る程度に低下している状態」を指します。症状や重さは人それぞれですが、その中でも「帰宅願望」「徘徊」という症状は珍しいものではありません。これらの症状が出る理由もさまざまですが、私の勤務していたグループホームでは主に二通りでした。
①単純に家に帰りたい、または帰らなくてはならないと思っている
そう思う理由は人それぞれあります。
・元々デイサービスやショートステイを利用していた
・その方の中での時代が戻っている。
・今自分がどこにいるのか分からない
上記は多い例ではありますが、まだ他にもたくさんあります。また、いくつかの理由が複雑に合わさることも少なくありません。
ほとんどの人が元々家で過ごしていたのですから、帰りたいと思うのは自然なことです。特に、認知症により自分がどこにいるのか見当もつかない利用者様にとっては、毎日過ごしていても施設は知らない場所、毎日会っていても介護者は知らない人、という認識になることが多いです。私たちも急に知らない国に投げ出されたら、不安や恐怖を感じると思います。認知機能が低下してしまった方にとっては、施設は知らない国、職員はその知らない国の人なのです。どれだけ綺麗で対応が良くても、施設が窮屈に感じるのは当然のことでしょう。
②病気による機能の低下により気持ちを上手く伝えられない
こちらの場合は、施設の居心地や環境が悪いなど、生活に対して不満やストレスがある方に見られます。苦手な人がいたりイライラしていたり……本来であれば言葉にして不満を伝える事も可能ですが、認知症によって上手く伝える事が出来なくなってしまう人もいます。こちらが原因の場合は「徘徊」に繋がる方が多いですが、帰宅願望を同時に訴える人もいます。
以上、私の勤務先で多かった理由を二つ紹介しましたが、考え方も症状も人によって違うので、利用者様の数だけ理由があると思います。
「帰宅願望の強い方にどう対応すべきなのか」
それでは、原因を知ったうえで実際にどう対応すべきなのか。私がグループホームで学んだことや、実際にどんな対応をしていたかをもとに、例をあげて説明していきます。
入居者のAさん(仮名/90代前半)は元々息子さんの家に住んでおり、デイサービスやショートステイを利用していましたが、認知症が悪化して入居しました。普段は穏やかな方なのですが、夕方頃になると「私っていつ帰れる?」「今日息子が迎えに来るよね?」と質問を繰り返されていました。Aさんは足が悪いのですが、杖があれば出歩く事は可能なので、入居しているフロアから玄関まで自力で行こうとされる事もしばしばでした。ご自分で歩けるとはいえ、決して一人でも大丈夫なわけではなく、目を離すと転倒のリスクがあります。もし仮にAさんが出て行ってしまったと誰も気付かなければ、そのまま施設から出て迷子になってしまうかもしれません。ですので、Aさんの帰宅願望への対応を、きちんと考える必要がありました。
Aさんに対して職員が行ってたケアは、まず「傾聴」すること。介護の技術としては基本的なことですが、座ってきちんと話を聞くだけで、落ち着かれる方も多いです。また、「息子さんが何時頃に来られるか事務所に電話しておきますので、その間一緒にお茶を飲みませんか?」などと声を掛け、さりげなく話題を移行することもありました。
そして「好きなこと・得意なことをしていただく」のも効果があった対応です。Aさんは裁縫がとても上手だったので、取れてしまったボタンをつけてもらったり、雑巾を縫うのを手伝ってもらっていました。お礼を言うと照れて笑って下さり、そういった対応ができた日は落ち着いている事が多かったです。
正直なところ、細かい対応は利用者様によって変わります。
ですが、上記のように「帰りたい気持ちを否定せず、受け止めること」はどんな方に対しても大切です。
「徘徊の多い方にどう対応すべきなのか」
次に、徘徊の多い方への対応を、例を交えて説明します。
Bさん(仮名/80代前半)は家事や育児を頑張ってきたお母さんでしたが、認知症が悪化し入居しました。身体機能はあまり低下しておらず、歩行時のふらつきなども少ないのですが、理解力や言語能力などがかなり低下しており、会話を普通にしようとしても、あまりかみ合いませんでした。そして何より徘徊が多く時間帯や場所を問わず続き、特に職員が一人しかいない時は様子が見切れず困っていました。
ある日、Bさんの娘さんが施設に来られた時に「母は掃除が好きだった」という情報をいただきました。その後Bさんに「掃除を手伝ってもらえませんか?」とお願いすると快く了承して下さり、職員も一緒にモップを掛けながら廊下を散歩しました。元々掃除が好きだったからなのか、細かいところまで一生懸命掃除をして下さり、その日はいつもより機嫌が良かったです。また日中動き回ったからなのか、夜も徘徊することなく、ぐっすり入眠されていました。その後もBさんには一緒に掃除をお願いするようになりました。もちろん毎回上手くいくわけではありませんし、人員やスケジュールの問題もありますが、ご本人様の好きなことや得意なことを一緒にするのは、先ほどのAさんの例も含めて有効的だと身を持って気づかされました。
それ以外の対処法についてです。
人手が足りない時は、見える範囲であえて歩きまわってもらったり、余裕があれば職員一人が付き添って廊下を一緒に往復することもありました。ただし、無理やり他の入居者様の部屋に入ろうとしてトラブルになる事もあったので注意が必要です。
また、よくよくBさんの話を「傾聴」してみると「子どものご飯を作らなきゃいけない」「お父さん(夫)が帰ってくるから」とご本人の中では理由があったことがわかります。会話があまり出来ない方だったので初めはわかりませんでしたが、独り言のように家事話していることをしなくてというような内容を呟いていることに気が付きました。なかなか意思疎通ができない利用者様と関わるのは難しいことですが、根気よく相手と向き合ってみるのも必要なことだと思います。
他には「Bさんに見てほしい本があるんです」とソファに誘導したり「Bさんに味をみてもらいたいんです」など声かけをして食事の席についてもらったりもしていました。
「介護者の気の持ち方」
ここまで認知症の利用者様、特に「帰宅願望」と「徘徊」への対応についてお話ししてきましたが、介護を行う方の心・気の持ち方についても少し触れておきます。
経験と知識ををもとに対処やコツについてお話してきましたが、相手は一人の人間です。同じ対処法が必ずしも上手くいくわけではありません。認知症の方の介護をしていると同じ事を何度も聞かれたり答えたりを繰り返してイライラしたり、時にはいわれもない事で利用者様につらく当たられる時もあり、それが原因で辞めてしまう人も少なくありません。
良い介護を行うにはまず、自分自身が良い状態で生活する必要があると思います。
・ストレスをため込まない
・上司や同僚と情報共有・相談をする
・仕事や利用者様を大切に思うのは素晴らしいことだが、あまり考えすぎない(背負いこまない)
など、社会を生き抜くうえで当たり前に必要な事ですが、なかなか実行に移すのは難しいのではないでしょうか。介護や福祉、医療は特にストレスの多い仕事です。まずは自分自身を大切にしてくださいね。
まとめ
いかがでしたでしょうか?一言で「認知症」と言っても症状はバラバラで、帰宅願望や徘徊の理由も人それぞれです。相手が一人の人間であることをきちんと尊重し、相手のことを否定せず、少しでも穏やかに過ごしていただけるように、また介護する方自身の精神的な負担を増やさないように、一つずつ対応を学んでいきましょう。この記事が認知症への対応に悩む方にとって、少しでも参考になれば幸いです。
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