介護施設で相談員として働いていた自分に、タイトルの言葉を投げてくださったのは、大学の先輩でした。もともと医療福祉系の大学を卒業していた私は、当時の仕事が嫌いだったわけではありませんが、この言葉に、思わずハッと気づかされ、転職を決意しました。
私は大学卒業と同時に、地元に戻り、新設された特別養護老人ホームのショートステイ専用相談員として勤務していました。
社会福祉士の資格を卒業と同時に取得し、まだ当時介護保険制度がはじまったばかりだったので、仕事もそうでしたが、制度について日々学ぶことが多く、あまりご利用者と関わる時間がないまま業務に追われていました。
今のように福祉人材は不足しているわけでもなく、相談業務や介護業務の採用も少ない時代でした。ですから、仕事に行き詰まっても採用してくれる見込みは他になく、仕方なく勤務している思いも心の何処かにありました。
9年ほど経って、とある研修に行った時、大学の先輩に久々に出会いました。そして当時自分のしている仕事を何気なく話していた時、先輩がこう言いました。「お前の話は、仕事に対する姿勢をずっとネガティブに語っているように聞こえる。愚痴ならまだいいけど、本当に自分の使命とかやりがいがそこにあるの?」本心を見透かされたようで、とても恥ずかしく感じました。毎日の業務について、自分はどれだけ自信を持って取り組んでいるだろうか。資格を活かしたい、と思って飛び込んだ介護の世界で、自分は今本当に活かせる場に立てているのだろうか、そう思いました。そして先輩に言われたのがこのタイトルの言葉です。
「誰にでもできる仕事は、転職して誰かに任せればいいじゃん。お前が本当にやりたい仕事があって、今転職して、環境を変えてまでやる意思があるのなら、俺は全力で応援する。」
もともと高校3年生で進路を決める時、少し離れた大学ではありましたが、医療福祉学部が新設された、という記事を新聞で読みました。当時は漠然と「医療と福祉を学ぶのか。病院の中で困ってる人とか、誰かの役にたつ仕事があるんだ」ということに憧れて、その大学に入りました。実際その大学のカリキュラムでは社会福祉士と精神保健福祉士が取得できるので、在学中に病院実習や介護施設での実習ができる先進的な取り組みだと学校からよく聞かされていました。ソーシャルワーカーという名前と役割を聞いたのもその頃で、同級生と就職について「俺は介護施設にいきたい」「俺は児童相談所だ」「俺は病院の相談室だ」と様々な分野で活躍を夢見ていました。実際卒業した今でも、彼らはその夢を現実にしています。
そういったことを思い出すと、本当に自分がやりたいのは、今の仕事かということに、疑問ばかりが募ってくるようになりました。転職を具体的に考えたのは、先ほどの先輩の言葉と、そして当時地域医療連携という言葉が病院と地域や施設との架け橋として掲げられ、私の住む小さな街でも、医療ソーシャルワーカーという専門職の顔が見え始めたからです。
一度地域で様々な分野の社会福祉士が集まって、交流会をしたことがあります。
高齢者や障害者の施設で働く社会福祉士に混じって、総合病院の連携室ではたらく医療ソーシャルワーカーが3名参加していました。
年齢も私と同じくらいで、いろいろ話をしていると、とても好感が持てて話しやすく感じるA君に出会いました。A君がこう言いました。「僕も以前介護の仕事を2年ほどしていた。働きながら社会福祉士の資格を取るために実習に行った病院で、とてもショックを受けた。病院ってところは、病気を治す人がたくさんいると思っていたら、お金がなくて治療ができない人、生活環境が悪くてなんども入退院している人、治療が終わって退院するのかと思ったら、最期を家族と過ごすためだけに帰る人、いろいろな人がいることを知った。病院の職員さんは専門技術で患者さんの治療に携わってるけど、ソーシャルワーカーは何ができるのか、実習で見失いそうになった。
でも、なにも治療だけが病院の役目じゃないし、不安で毎日病院に来るおじいさんの話し相手になっていたら、あなたの笑顔に癒されるから、わしは毎日来るんだよって言われた時、この仕事に決めたんです.
この言葉を聞いた時、自分が高校生の時、医療福祉という漠然描いた世界がとてもリアルなものとして目の前に広がった気がしました。
学生の時に先生から教わりました。「福祉」という言葉は戦後日本がアメリカから教わった言葉で、もともとwelfareって訳される日本語がなかった。Well と fare、つまり「幸せ。」を「止める」、「福」+「祉」、その時初めて、日本に「福祉」という言葉が生まれたんだ、と。医療の中に幸せを持って来る。
とても素晴らしいと思いました。そして同時に新しい目標がその時はっきりと自分の中で生まれました。
その日から、私は転職に向けて、当時の施設長や同僚に思いを伝え、3ヶ月後にその職場を退職することになります。新しい職場に選んだのは医療福祉に気づかせてくれたソーシャルワーカーA君がいる総合病院で、彼と一緒に働くことになりました。
今思えば転職のタイミングはとてもベストだったように思います。
今までも何人か辞める人を見て来ましたが、上司と喧嘩して辞める人や無断で休んで解雇される人、精神的な病気で働く気持ちはあるのに仕事が続けられなかった人などありました。もともと当時の施設では退職希望の2ヶ月前には、上司に意向を伝えることにはなっていましたが、人を変えては説得される日々で、徐々に施設自体にだんだんと疑念をいだくばかりで、「この施設は私を必要としているのではなく、人員を必要としているのではないか」とさえ思うようになりました。その後無事退職が決まってから、私が心がけたのは、最後の1日まで職場のみなさんや入居者の方々には感謝を忘れないこと、私の後の業務は次の人にきちんと引き継ぐこと、の二つです。パソコンでの作業や新しい入居者を受け入れる段取りを自分なりに整理して、他の人が見ても同じ対応ができるように、申し送りを行いました。その成果もあってかわかりませんが、退職する日は玄関ホールに職員さん、入居者さんがたくさん見送りに来てくださり、花束や記念品をいただき、今でもこの施設で働いたことは自分の財産だと思うことができています。
小さな街ですから、病院で勤務するようになっても、当時の施設の同僚に出会うことが多々あります。体験として思うことは、一つの職場を辞めるとしても、自分がその街で暮らす以上は、いろんな人と繋がっているということです。今の自分にとって大切なつながりもあれば、反面教師にしたいようなつながりもあり、前職での経験や出会いの上に、今の自分が成り立っているとさえ感じます。実際患者さんが施設の入居者だったり、昔ショートステイでご利用されていた一人暮らしのおばあさんだったりすることもあるので、他の人以上に、その方の生活状況や暮らしぶりを把握した上で、治療経過や退院調整を病棟の先生や看護師とやりとりをしています。
そして福祉という視点があるからこそ、スムーズな治療に繋がったり、退院しても病気を再発することなく健康が維持できていると感じます。医療ソーシャルワーカーのA君とよく話します。「病院に来られる患者さんには医療というアプローチだけでは不十分。福祉という視点で生活を支えるアプローチも必要で、その両輪がないと、どちらもうまくいかない。医療ソーシャルワーカーの仕事はまさに患者さんの生活支援をおこなう医療の中の福祉専門職。だから医療職とぶつかって当然、だけど医療と福祉はぶつかりながらも両輪で患者さんを支え続ける。」二人でよく励ましあってこの話をしています。
まとめ
「振り返れば奴がいる」というドラマを見たのは高校生の時でした。腕のいい二人の医者が、ライバルとしてしのぎを削る医療ドラマです。
その中で佐藤B作さんが演じる事務員さんが出て来ます。彼は時に疲れた看護師さんや悩みを抱える患者さんを、小さな和室でお茶を入れながら傾聴しています。
これという援助はありませんが、そこに行った人は大抵落ち着かれて帰られます。
当時はまだ医療ソーシャルワーカーという人間はいませんでしたが、患者の声に耳を傾け治療によりそう人は現場に昔からいたのだと思います。
医療福祉という言葉の意味を私は今でも理解できているのか自信がありませんが、思い切って転職したその時の決断は今でも間違っていなかったと胸を張っていえます。
毎日、私のいれるお茶をただ黙って飲んでいく患者さんがあります。そこに治療はありません。でも患者さんにとって何かがあるのだと思います。
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