全くの異業種からの転職で飛び込んだ介護業界で経験ゼロから生き延びてきた体験を踏まえ、人生なんて自分次第で何とでもなるんだということが皆さんに伝わればと思います。
どんな仕事も自分次第です。
大学に入学、と同時に新聞奨学生としての生活がスタートしました。
朝刊、夕刊の配達と、毎月の集金。
これで1ヶ月6万程度の給料をもらいました。
それとは別に学費は新聞社が負担するという制度です。
諸先輩方は新聞配達をしながらしっかり学校へ行き、4年で卒業してきちんと就職されていました。
貧乏で育った私は、節約することを強いられてきた反動で、浪費する日々を送り、新聞配達とは別にコンビニでアルバイトを掛け持ちしてましたので、学校へ行くべき昼間の時間帯に、眠気に勝てず学校をサボってしまうという悪循環に陥っていました。
結果留年を繰り返し、卒業まで8年。
世の中は就職超氷河期真っ盛りです。
当然ながら内定をもらえるはずもなく、そのまま新聞販売店に就職しました。
そうこうしているうちに、コンビニでアルバイトしていた当時から付き合っていた彼女と結婚し、子供が生まれます。
ふと、長期的な人生を考えたとき、この先の新聞業界に対しては不安しかありませんでした。
人生のうち幸せの絶頂期であるはずの当時、仕事はどん底だと感じていました。
2002年当時のことです。
当時、義母が務めていた会社がヘルパー講座を開講したとの話を聞き、興味を持ったのが介護業界への転職のきっかけになります。
そのヘルパー講座を受講しつつ、義母に頼んでその会社の採用試験を受験しました。
当時、今ほど人手不足ではなかったため、パートで様子見的な意味で採用してもらった感じです。
配属は通所リハビリのパート介護員で、時給700円前後だったでしょうか…
新聞配達に比べはるかに楽だなと感じておりましたが、その分給与も転職前に比べると半分以下に激減してました。
生活費を切り詰めるために、妻の実家に住む有様です。
仕事の内容は、送迎、バイタルチェック、入浴、食事介助、リハビリなどで、新聞配達しか経験のない私には初物尽くしでとても楽しかったことを覚えています。
その様な中、入社3か月目、事務に欠員がでたとのことで、なぜか完全素人の私に異動の話があり、わけのわからない内に事務員になっておりました。
事務の経験がなかったこともあり、その時初めて感じたストレスがいわゆる「ストレス」なんだと思い知りました。
体のキツさよりもずっと堪えるものだったんですね。
その仕事といえば…物品購入起案、名刺発注、夏祭りの準備、薬品管理、入所者の受診送迎、窓口で来客対応など。
基本の中の基本ですが、当時の私には苦痛でしかありませんでした。
その頃はパワハラという概念がありませんでしたので当たり前だと理解しておりましたが、今現在の常識ではありえないほどのパワハラを受ける毎日でした。
ただ生活のため、必死に耐えていた時期だったと思います。
1年間のパートを経て、準職員で更に1年、3年目にやっと正職員になれました。
とはいえ年収200万前後の世界です。
給与が安いからと辞めていった仲間を何人も見送ってきました。
それまで、ただがむしゃらに仕事をこなして来ただけでしたが、それを評価してくれる仕組みがあったんですね。
難しい仕事もこなせるようになり、役職がついてくると徐々に給与も上がってきました。
そして次のステージへと進むわけです。
管理職ともなると当然ながら責任も伴いますから、成果が得られなければ責任を負わされます。
それまでは自分が仕事をこなすことで評価を得ることができたのに対し、マネジメントすることでより大きな仕事を達成するということを求められるわけです。
単身赴任で県外の大規模施設の管理を任されたのが、いわゆる初めてのマネジメント業務でした。
同じ日本人なのに、こんなにも違うのかと思えるくらい現地の部下に苦しめられました。
当然ながら成果を上げることも叶わず、逆に裁判沙汰を複数件抱えるような有様です。
人は人生の岐路で悩み、苦しんで克服した時に成長するものだと信じ、ひたすら耐えました。
会社によっては厳しい処分を科せられるところもあるでしょうが、私の場合は別の案件(M&A)でチャンスを頂きました。
とはいえ、生易しい仕事ではありません。
既に介護業界では深刻な人手不足の時代に入っておりましたので、主な仕事は現場の介護や厨房のお手伝いでした。
プライドも何もなく、ただ入居者のため目の前の仕事をこなす日々が何年も続きました。
心が折れ、退職の2文字が頭をよぎったりもしましたが、家族のため我慢の連続でした。
私がいろんなことに耐え、我慢して仕事を続けられたのは、家族のおかげだったんですね。
その時は苦しくても、結果辞めずに続けられたから今の生活があるんだと、振り返るとそう思います。
転職を重ね、キャリアアップする人もいますが、私の場合は続けることに意味があったのだと感じております。
今、給料が安いからと言って…
今、仕事がきついからと言って…
今、嫌いな上司がいるからと言って…
今、嫌なことがあってもそこから逃げるのは簡単ですが、その先に明るい未来はありません。
それを乗り越えることに人としての価値があるのだと思います。
最初の頃感じていた嫌なことも、振り返ってみると全く大したことないものです。
そこに人が成長するものだという意味があるのでしょうね。
だからこそ私は、逃げるという選択肢を敢えて排除するようにしています。
ただ、人によってはストレス耐性が弱い人もいますから、抱え込まないことも大事です。
私の場合は幸いにも精神的に鍛えられた方ですが、それも家族の支えあってのものです。
そういった意味で、人生において家族を持つという事がどんなに尊く幸せなことか、身に染みて感じております。
その家族は、大学を留年しつつアルバイトをしていたコンビニで、妻と出会えたからなんだな~と思うと、私の人生では当時の悪循環にも意味があったわけです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
人生を振り返った時に、当時どん底だと思っていたことが実はそうではなく、現在の自分を形成する糧になっていたのだと気付かされます。
どんな仕事でも、逃げなければ自分次第で何とでもなります。
そしてそのために必要なのは、家族との尊い絆じゃないでしょうか。
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